5章 橋の近代技術の変遷 ---事故の教訓---


橋の落橋事故

テイ橋 静的風荷重
ケベック橋 座屈問題
タコマ橋 動的な風の現象、動的不安定現象

「悪魔の橋」、「生贄の伝承」、「人柱の悲しみ」など古代から橋に纏わるさまざまな伝説があります。 橋の建設するのに、多くの人々の儀牲があって架けられてきたのでこのような伝説が残っています。

鉄が出現してから、橋の建設技術が急速に進歩し長大橋がつぎつぎと架けられるようになりました。 しかし、長大橋の建設は順調に進んだわけではありません。 初期の錬鉄チェーンの吊橋では設計荷重の見積りも不十分で材質・設計の欠陥のため、人馬の通行、強風などにより壊れるものが続出しました。 近代技術の萌芽が育ちはじめた19世紀後半にはトラス鉄道橋の2橋の大事故がありました。 一つは1879年、スコットランドのテイ橋が風速35m/sの強風のもとで列車もろとも海中に崩落した事故、もう一つは、1876年アメリカのオハイオ州でアシュタブラ橋が崩落したのにともなうもので、それぞれ約80名の人命が失なわれました。

20世紀に入ってからは、カナダのケベック橋は架設中に2度にわたる崩壊、風による不安定振動が原因となったタコマナロウズ橋の落橋事故があります。 さらに、1937年にベルギーで、1962年にはオーストラリアで、溶接鋼橋が鋼材の欠陥のために亀裂を生じ落橋しています。

これらの事故例をみるように、技術の進歩が皮肉なことに時として新しい形の事故を引き起すことがあります。 第二次大戦後、鋼構造が高度に発達した1970年頃にも、無理な設計、施工に起因する座屈などによる鋼桁の架設中の事故がヨーロッパ、オーストラリア、そして日本でも発生し、その後アメリカでの高速道路橋の落下、船の衝突による橋桁の崩壊などが起り、その多くは人命を失なう事故となりました。 しかし、事故の苦い経験は技術の新しい発達を促していくことになったのです。 テイ橋の事故は風荷重の評価に対する認識を改めさせ、ケベック橋の最初の事故は圧縮材の座屈に対する設計上の対策を進歩させ、タコマナロウズ橋の事故は風による構造物の振動に対する配慮を喚起し、溶接構造の破壊はその後の鋼材および溶接工法の改善につながっていきました。 (引用文献)伊藤學著:鋼構造学


一方、技術の進歩とは別に自然の力には驚かされることがあります。 タコマナローズ橋は、たわみ理論の極致ともいうべき新しい技術と風の作用とが相俟って落橋してしまいましたが、風の作用は橋梁技術者たちが想定だにしない現象を橋に与えました。 地震力もそうです。 ロマプリーター地震(1989.10.17, アメリカ)、ノースリッジ地震(1994.1.17, アメリカ)や兵庫県南部地震(1995.1.17)では、都市直下型地震により高速道路橋、建築物、ライフラインなどが甚大な被害を被りました。 わが国ではこれまで関東大地震クラスの地震荷重を想定して構造物の耐震設計が行われてきましたが、兵庫県南部地震を契機に都市直下型地震で起こりうる震度7の烈震に対する耐震設計の見直しが進められています。

このように自然と人間の技術とを比べると、自然の力の猛威には驚嘆してしまいます。 フライ・オットー(独) は彼著「自然な構造体」の中で《自然と技術》について次のように興味深く書いています。

自然が発明家や技術者たちに簡単にアイデアを提供することなどまずあり得ないのだ。 道程としてはむしろその逆である。 つまり、超軽量で超高性能な建築構造体を開発することによって、自然界のそれに相当する構造体を見る目が研ぎ澄まされるのである。 設計者の鍛え抜かれた目が、彼の発明したものを再び自然の中に見いだすのだ。

テイ橋、タコマ吊橋の落橋、そして現代技術の粋を集めて建設された流線形箱形断面と斜めハンガーをもつセバーン橋について記述されたたいへん 川田忠樹著の興味深い本 があります。以下に要約抜粋して掲載します。



--- テイ橋の落橋事故 ---

スコットランドのテイ湾に架かる鉄道橋テイ橋は、1879年12月28日嵐の吹きすさぶ日曜の夜、風圧によって巨大な13連のトラス全部がそれを支えていた12基の鋳鉄製橋脚とともに崩落しました。 テイ橋中心部のほぼ1kmあまりが、ノースブリティッシュ鉄道の機関車と客車5両、貨車1両、それに乗客75人を乗せたまま、完全に消滅してしまったのです。

橋脚は鋳鉄で、上部工は錬鉄で造られていました。 設計・施工の総指揮をとった技術者トーマス・ブーシーはヴィクトリア女王からその功によりナイトに叙せられました。 10年近い歳月と20人もの犠牲者を出したうえで完成した世紀の大橋梁が、開通後7ヶ月で、落橋してしまったという事故は技術者たちに大きな衝撃を与えました。

この事故の原因は、当夜吹き荒れていた嵐であると考えられていました。 事故後の調査でも、設計者ブーシが風圧や風荷重を全く考慮していなかったことが明かにされました。 しかし、もし風だけで橋が転落するとすれば、195 kgf/m2の風圧が必要となり、そのときの風の速度は180km/hに達する計算になります。 いかに嵐の夜であったとはいえ、テイ湾でこのような風が吹き渡ることなどあり得なかったといわれます。 しかし、現実にテイ橋は落橋してしまいました。


事故後の調査委員会が開催され幾つもの事実が浮び上がってきました。 まず、第一に工事の請負業者が完成までに三度も変わっていること、第二に設計が最初のものから大きく変えられたこと、第三に橋脚が石積みから鋳鉄製に変更されたこと、第四に請負業者が鉄の施工に関しては全くの素人でテイ橋鋳造所の製品が粗末で施工管理が杜撰だったことなどの事実が浮び上がってきました。

テイ橋鋳造所の製品の粗末と施工管理の杜撰さについては、次のように語られています。

「ロウと鉄粉を混ぜてつくられるパテを鋳物の小さな傷などの補修に使用し、硬化後に石でこすると、その外見はあたかも鉄の表面のようになります。このようなパテを《ボーモンの卵》といい、鋳鉄製品の不良箇所はこの《ボーモンの卵》を用いて見かけ上修復されそのまま使われていました。」

テイ橋の落橋の直接の原因は風の作用によるものでしたが、材料の施工不良が間接的に大きく関係していたのです。 この事故の6ヶ月後調査報告書が公表されました。 サー・トーマス・ブーシはこの報告書が公表された4ヶ月後、ただ一人最後まで裏切ることなく、彼を信じ、彼を愛し続けた妻マーガレットに看取られながら、静かに息をひきとりました。

写真5-1および5-2は当時の画家が描いたテイ橋の惨事です。

写真5-1

写真5-2

写真5-3

テイ橋

テイ橋の落橋

余部鉄道橋

文献21

文献21

文献2



--- タコマナロウズ橋の落橋事故と耐風安定性技術の進歩 ---

写真5-4

タコマ橋の落橋

文献21


1940年11月7日の昼近く、アメリカ合衆国ワシントン州のタコマ市において、主径間長853m、当時世界第3位のスパン長を誇ったタコマナロウズ吊橋の落橋事故が発生しました。 それはまだ竣工後わずか4ヶ月しか経ってない新しい橋でしたが、風速19m/secの風にあおられ、あっけなく崩壊してしまいました。 この事故により、テイ橋の場合のような風の作用、いわゆる風圧を作用力として考えるだけでは不十分なことが明らかとなり、技術者たちは風によってひき起こされる構造物の振動《--風のダイナミックな面--》にも、目を向ける必要性を痛感せしめられたのでした。

表5-1は橋構造物に及ぼされる風の作用を分類したものです。 テイ橋の事故の原因となったのは、静的とか定常空気力と示される現象でした。 それに対してタコマ吊橋落橋の原因は、風の動的な現象、それも動的不安定現象といわれるものの結果でした。

一般に自然風は乱れていて、あたかも息をするかのように吹きます。この乱れや風上側構造物の後の流れの乱れによって生じる振動が 《バフェッティング》 とか 《ガスト応答》 といわれる強制振動です。吊橋の固有周期と風の息の周期が合うと、理論上は共鳴して振動は発散します。 しかし、実際には、長時間にわたり一定の周期で風が息をするとは考えられないので、表5-1では限定振幅振動、すなわち、ある振動以上には大きくならない非発散型の振動として分類されています。

表 5-1

一方、自然風の乱れた状態でも橋主桁の断面形状によってはバフェッティング以外に図5-1の実線で示すような、構造物の周辺や背後に発生した渦に起因する 《渦励振》 とか、凍った電線の跳躍現象と同類の 《ギャロッピング》 、また、旧タコマ橋を落橋に至らしめた原因とされている 《ねじれフラッター》 、さらには、たわみとねじれの連成したいわゆる 《連成フラッター》 などの振動も発現しうるのです。

このうち渦励振は比較的低風速で発現し、しかもある一定の振幅以上に大きくならないという収斂型の限定振幅振動です。 これに対してギャロッピングやフラッターの方は、空気力の負減衰効果による自励振動であって、ひとたび振動が発生すると、風が吹き続ける限りどんどんその振幅を大きくし、揺れ方を激しいものにしていく大変危険な発散型の振動です。 それだけに、この種の振動を破壊的振動とも称し、また、この種の振動を最初に発現せしめるに至る風速を 《限界風速》 といいます。

図 5-1

渦励振と発散振動振幅

文献21

この破壊的な発散振幅振動の発生を回避するためには、吊橋の限界風速を通常吹くと考えられる風速よりもさらに高くしておくことが必須条件であることがわかりました。 また、タコマ吊橋の落橋事故後、風洞実験などを駆使して行われた一連の調査研究の成果として、個々の吊橋の限界風速を含めた振動性状が、その吊り構造部(補剛桁)の断面形状に大きく関係していることが判明しました。

例えば、プレートガーダーで補剛された旧タコマ吊橋の断面では限界風速が19m/sec程度のものでしかありませんでした。 その結果、同橋再建では図5-2に示されるように、断面形状が大きく改良されて、限界風速の問題が一挙に解決されていきました。

図 5-2

写真 5-5

新旧補剛桁断面

新タコマ橋

文献21

文献10


--- セバーン橋の独創性と落し穴 ---

タコマ吊橋落橋の教訓として、吊橋は北米においてさらに発展し、安定度の高い構造物となっていきました。 プレートガーダーに代わって重厚なトラスで補剛され、しかも風洞実験で耐風安定性が確認されたうえで、最終的に断面が決定されるようになりました。

このようなアメリカ流の吊橋を、真っ向から否定して再びトラスを不要にしたのが、流線形箱桁と斜めハンガーで補剛されたイギリスのセバーン吊橋(写真5-3、1966年、主径間長988m)です。 もっとも、イギリスの技術者たちも、当初はトラス断面から出発したのですが、より経済性を求めて風洞実験を繰り返してゆくうちに、最終的には図5-3に示されるような飛行機の翼のような断面形状となりました。 トラスから箱桁への転換することには、表5-2のような利点があります。 こうしてタコマ吊橋以降の吊橋の傾向は、再び、軽量化、経済設計へ流れが変っていきました。 さらに、これまでの吊橋がすべての吊材を垂直に使用してきたのに対して、構造減衰を与える一助として画期的な斜めハンガーも使用されました。 軽快な流線形箱桁で補剛し斜めハンガーで吊るという、これまでの常識を大きく打ち破ったセバーン吊橋はそのデザインの斬新さとひときわ優れた経済性のゆえに、以後の世界の吊橋を一変させたのです。

表 5-2

図 5-3

写真 5-6

セバーン橋断面

セバーン橋

文献21

文献10

しかしながら、現代技術の粋を集め橋梁界の革命ともてはやされたセバーン吊橋は、実は完成後16~17年足らずにして、早くも疲労の限界に達していることが明らかにされたのです。 竣工時の工事金額1300万ポンドの2倍半以上もの膨大な費用を投じて補強を要する極めて深刻な事態にまでなっていたのです。 まさに一世を風靡した感のあったセバーン吊橋に何か本質的な欠陥があり、そのためわずか十数年にして急速な老朽化が進んだというニュースは、 世界の橋梁技術者にとってタコマ吊橋以来の衝撃を与えました。

タコマ吊橋落橋の原因となった風の動的な作用については、すでに風洞実験等が繰り返されて、その心配はすっかり排除されたものと考えられていました。 しかも、補剛桁もプレートガーダーの矛盾を克服したスマートな流線形に代えられており、同じ重量となるトラス補剛桁よりねじり剛性がはるかに大きいものでした。

かつてのアメリカ流のトラスで補剛された吊橋では、コンクリート床版が普通で質量も大きいものでした。 そのためフラッターの限界風速をクリアしておけば、渦励振やバフェッティングのような限定振幅振動が問題になることはまずありませんでした。 ところが、セバーン吊橋のように軽い流線形箱桁で補剛されると、限界風速はクリアできても、本質的な質量不足には対処できず、これまで無視されてきた比較的低風速で発生する限定振幅振動や活荷重の影響までが問題になりはじめたのです。 明らかにセバーン吊橋はあまりにも軽くしすぎたために、風や自動車の走行に対して極端にセンシティブな構造物となっていたのです。 風洞実験の成果としてタコマ吊橋のような破壊的な振動こそ起こしませんでしたが、その代わりしょっちゅう振動して繰り返される応力変動の結果として生ずる材料的な疲労を受けやすい構造となっていたのです。

しかし、セバーン吊橋に問題が生じたからといって、この橋のすべてを否定するのは早計です。 現に、トルコのボスポラス橋は、セバーン橋と同じ流線形箱型断面、斜めハンガー形式の橋でありながらセバーン橋のような問題は全く生じていません。 ボスポラス橋の場合は軍事上の条件もあって、重戦車が通行できるくらいに設計されており、質量が大きいといわれます。 流線形箱桁断面には、これまでのトラスには見られない数多くの利点が認められます。 アメリカ流の重厚な補剛トラスを否定した軽快で合理的な流線形箱桁、 ステーケーブルの役割も兼ね備えた斜めハンガー、これらはいずれも素晴しいアイデアであって、それ自体が悪かたっとは決して考えられません。 ただ、吊橋自身の重さ、質量のことがすっぽりと欠落していて、そのために思わぬ落し穴にはまり込んだのです。 したがって、これからの吊橋は、こうしたセバーン橋の教訓を活かし、セバーン吊橋を乗り超えたところに、新しい発展の方向を見い出していくことになるでしょう。



日本の本州四国連絡橋の建設計画では、箱形断面にするかトラス補剛桁にするかについて慎重に検討した結果、これまで実績のあるトラス断面に決定されました。 しかしながら、現在、世界一の長大吊橋であるハンバー橋にはセバーン橋と同様に流線形の箱桁が用いられています。 前記文献にもあるように、流線形箱桁断面にはこれまでのトラス補剛桁には見られない数多くの利点が認められます。 今後の長大橋の建設はこの方向で進んでゆくものと思われます。

最近は、橋桁のまわりの気流の流れを安定させるために制振対策が施されています。 制振対策法には、空気力学的対策と機械的・構造力学的対策があります。 空気力学的対策は断面形状を変えて風の流れをコントロールするもので、フェアリングやフラップと呼ばれる制振装置などが取り付けられています。 代表的な対策例を図5-4に示します。機械的対策には、構造物に直接減衰を付加する方法と、制振対象とする振動モードの振動数と同じ振動数をもつ複振動系として TMDやTLD を制振対象構造物に取り付ける方法があります(図5-5)。 これらは受動型(passive)ダンパーといわれます。さらに、センサーで振動を感知し、振動を打ち消す力を与える能動型(active)ダンパーの開発も行われています。

図 5-4

図 5-5

空気力学的制振

構造力学的制振

文献7

文献7

ところで、今世紀末に世界一の長大吊橋となる明石海峡大橋では、テイ橋やタコマナロウズ橋の教訓が生かされて、最大風速80m/secの風に対しても十分に安全な強度をもち、橋が破壊に至るような発散振動を生じさせず、またセバーン橋のような限定振動も極力発生させないよう、橋桁の断面や制振装置の選定が、風洞実験によって注意深く検討されています。

橋の文化とテクノロジー

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