4章  日本の橋


日本においても太古の昔から橋は架けられていたはずですが、文献に残っているはじめて の橋は324年に架けられた猪甘(いかい)の津の橋(日本書紀)とされています。 他の日本の文化史と同様に中国や朝鮮から導入されたものです。

日本の古い橋は木で造られていました。 山梨県大月市にある猿橋(写真4-1)は、崖の両岸から角材を突き出しその上に橋桁が載っ ている構造で610年頃架けられたといわれていますが、現在のものは1984年に再建された ものです。 岩国市にある錦帯橋(写真4-2)は世界でも珍しい木造の連続アーチ橋で1673年に建造され 1953年に復元されました。 猿橋、錦帯橋と越中の愛本橋(代りに木曽の桟橋という説もあります)を日本の三奇橋と称 されています。

写真4-1

写真4-2

猿橋

錦帯橋

文献9

文献18


九州に数多くみられる石造アーチ橋も、中国の僧如定が長崎の眼鏡橋を造ったのが最初と いわれています。 沖縄の石橋の歴史はもっと古く、伝来も長崎の石橋とは異なるといわれています。 また、平戸の幸橋は当時オランダ商館があったため別名オランダ橋とも呼ばれています。 そのため、石橋の技術はヨーロッパから伝来したという説もあります。

長崎の眼鏡橋の建設技術は、その後、長崎から熊本、大分、鹿児島に石造アーチの建 設技術が広められました。 ちなみに、 石造アーチ橋として日本ではじめて重要文化財 として指定されたは長崎眼鏡橋(写真4-3、寛永11、1634年)ではなく諌早眼鏡橋(写真4-4、 天保10、1839年建設)です。 レオンハルト著の「Bridges」にも諌早眼鏡橋 が掲載されています。


写真4-3

写真4-4

長崎眼鏡橋

諌早眼鏡橋

文献18

文献10


日本の近代橋の歴史は、明治維新の文明開花と同時期にはじまりました。 明治期、最初はイギリスの技術を輸入し鋳鉄、錬鉄を用いた鉄の橋が建設されました。 八幡製鉄所の水瓶河内貯水池に架けられている南河内橋(写真4-5)はドイツの技術の影響 を受けています。 日清戦争(1894)以降はアメリカの影響を受け、鋼製のトラス橋がつぎつぎと建設されまし た。 ちなみに、日本で最古の鉄の橋は明治元年(1868)にF.L.Borgerの設計による桁橋で、長崎 の中島川の現在の中央橋の所に架かっていた「鉄橋(くろがね橋)」(写真4-6)です。 今はもう架け替えられて当時の面影はありませんが、わずかに高欄だけが残されています。


写真4-5

写真4-6(1)

 写真4-6(2)

南河内橋

鉄(くろがね)橋

 鉄(くろがね)橋
 

長崎の中島川に架かる出島橋(写真4-7, 明治23)は、橋名板には「明治四十三年架」と記 されていますが、明治23年に架設された新川口橋が明治43年に移設されたもので、現 在供用されている鉄製道路橋のなかでは日本最古のものです。 橋門構の隅に唐草の装飾があり、橋名板は蝙蝠(こうもり)の形をしています。 写真4-8は移設する前の長崎中島川河口付近の古写真です。


写真4-7

写真4-8

出島橋

移設前

文献18

文献18


関東大震災後の橋梁復興事業では技術的に大きく進歩しました。 特に隅田川に架かる鋼橋は高張力鋼が使用され、清洲橋(写真4-9)、永代橋(写真4-10)、 勝鬨橋(写真4-11)など独自の特色をもっています。 近年、これらの橋は修復されライトアップされるなど、歴史的に価値ある橋として認知さ れています。 この時期は大正デモクラシーといわれた時期です。 他の文化と同じように橋に対しても新しい技術を積極的にとり入れる気運があったのでしょ う。


図4-1 隅田川橋梁

文献1


写真 4-9

写真 4-10

写真 4-11

清洲橋

永代橋

勝鬨橋

文献18

文献30

文献18

なお、明治以降から戦前までの日本の歴史的近代橋に関しては文献(科学研究費補助金報 告書)に詳述されています。 この時期には日本でもユニークな橋が架けられ現在でも保存されつつ供用されています。 写真4-12~4-17は文献17に掲載されている九州の歴史的近代橋です。


写真 4-12

写真 4-13

写真 4-14

南河内橋

六角橋

美々津橋

文献18

文献18

文献18

写真 4-15

写真 4-16

写真 4-17

尾鈴橋

高千穂鉄道橋

飛瀬橋

文献18

文献18

文献18

一方、第二次大戦後の混乱の中、とにかく「渡れればよい」というような機能性のみを追 求した橋が数多く建設されました。 同じ敗戦国のドイツでは連合軍によって破壊された橋を元のまま修復したり、経済性の追 求とともに美観的にも優れた斜張橋が開発されたりしています。 近年、橋の景観・美観が注目されていますが、かの F.レオンハルト教授 は50年前から景観・ 美観を考慮した橋の設計を行なっていると彼著 ``Bruecken''に書かれています。

第2次大戦後の変遷は、新材料と新工法の開発とその使用、新しい構造形式と設計方法の 開発にあります。 とくに橋の構造分野に大きく貢献したのは溶接性の改善と高張力鋼の開発です。 「鉄は国家なり」の政策の下、製鉄技術の進歩により、橋の建設技術も進歩しました。 今日、 本州・四国連絡橋 (図4-2)をはじめ多くの超長大橋が日本各地で建設されていますが、このような技術開発 があってからこそ実現可能のなったのです。

図 4-2

本州四国連絡橋

本四公団パンフレット

この章の締め括りとして、長崎県および佐賀県の橋を文献18 から転載して終わりにします。

研究室では,毎年,橋の模型を製作しています. 長崎の大島大橋(斜張橋), 西海橋(ブレーストリブアーチ橋), 中央橋歩道橋

表 4-1 長崎近辺の橋

写真 4-15

写真 4-16

写真 4-17

西海橋

平戸大橋

生月大橋

文献18

文献18

文献18

写真 4-18

写真 4-19

写真 4-20

写真 4-21

村木橋

寺島大橋

呼子大橋

名護屋大橋

文献18

文献18

文献18

文献18

橋の文化とテクノロジー

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