3章  橋の歴史


 現代における橋の進歩発達にはめざましいものがあります。 昔はとても考えもおよばなかった地点に橋がつぎつぎに建設されています。 一方、数百年、数千年もの昔に架けられた橋も世界の各血地に数多く残っています。 橋の技術の進歩は建設工法の進歩と材料の進歩のおかげといえます。 建設工法の進歩は新材料の開発を促し、材料の進歩は新工法のよりどころとなっていきま した。 橋を設計するためには、科学知識・技術と同時に芸術的な感性が要求されます。 ここでは、歴史の流れに沿って橋のデザインの変遷をたどってみましょう。


3.1 原始時代の橋 --- 自然の橋 ---

 アメリカ・ユタ州に天然の 巨大アーチ(写真3-1) があります。自然の侵食作用によりできたものです。 また、有史以前の人々は倒木を橋桁とし、植物の蔓を使って吊橋を架けたりしました。 現代でも、ニューギニアの奥地では植物の蔓を使った吊橋が多くあり、徳島県祖谷の かずら橋(写真3-2) も自然の材料で作った吊橋として有名です。


写真3-1

写真3-2

巨大アーチ

かずら橋

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3.2 古代の橋

 紀元前4世紀頃、はじめて石造アーチがメソポタミアに出現したとされていますが、アー チ築造技術の飛躍的な発展がみられるようになったのはローマ時代です。 カエサル、オーガスタの時代にローマ帝国のいたるところで道路、水道の開発が行われ、 盛んにアーチ橋が架けられました。 ローマ人はアーチに特有の水平反力(スラスト、推力ともいいます)に対して十分強固な基 礎を築くことにより、かつてエジプト人が「アーチは安眠せず」と嘆いたアーチを安定さ せました。 今日のアーチ理論で照査してみても非のうちどころがないほど、ローマ人は石造アーチの 力学特性を正確に把握していました。

 南フランスの ガールの水道橋(写真3-3) は全長270m、高さ45mにおよぶ巨大な橋で、大小3層のアーチで構成されています。

 スペインのセゴビアにある水道橋は、その規模と際立った形から 「悪魔の橋」(写真3-4) と呼ばれる伝説に満ちた橋です。


写真3-3

写真3-4

ガール水道橋

悪魔の橋

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3.3 中世の橋

 ローマ帝国が崩壊した後の中世は、橋の技術には大した進歩はなかったとされていますが、 北アフリカやスペインで勢力のあったモール人によるきわめてサラセン的なアーチ橋であ るアルカンタラ橋(写真3-5, 非対称2連アーチ)やサンマルチン橋は有名です。 写真3-6は旧ユーゴスラビアにあった 「スタリ橋」(写真3-6)です。 サラエボのモスタルにあります. ボスニア=ヘルツォゴビアの内乱で破壊されてしまいました。 この橋はネレトバ橋として掲載していました. 故レオハルト教授の``Bridges''には,Bridge across the Neretva in Mostar, Yugoslavia と記載されています. 2000/1/9 のNHK特集で,スタリ橋が取り扱われています.  また、この時代には中国で多数の石造アーチが建設されています。 趙州橋(写真3-7)は7世紀初期に造られた現存する中国最古の橋で、正式名を安済橋とい います。 石造アーチ部の上方には左右2個ずつの小アーチがあり、橋の重量を減らすとともに洪水 時に水を通過させて橋の安全を保つ優れた工夫がなされています。 この形式の橋がヨーロッパで建設されたのはこの後700年も経ってからでした。 大分県の庄内久住線の山奥に趙州橋によく似たRC固定アーチ橋の飛瀬橋(昭和7年)があります。  写真3-8は、ライン河の支流ネッカー河に架かるハイデルベルク橋です。 古城から「哲学の道」方面の眺望です。


写真 3-5

写真 3-6

写真 3-7

写真 3-8

アルカンタラ橋

スタリ橋

趙州橋

ハイデルベルク橋

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 フランスのアビニョン橋(写真3-9, 1198年)、スイスのカペル橋(写真3-10, 屋根付木橋)、 イギリスのロンドン橋、プラハのカルル橋(写真3-11)も中世の橋です。 カルル橋の橋脚は中世風ですが橋門の塔と美しく装飾された高欄はルネッサンス期の橋の 前兆といわれます。


写真 3-9

写真 3-10

写真 3-11

アビニョン橋

カペル橋

カルル橋

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3.4 ルネッサンスの橋

 ルネッサンスの時代には芸術、科学が飛躍的に発展しました。 この時代の橋の技術者は、科学者であり芸術家でした。 橋に関しての新しいアイデアが考案されましたが実用化されたのは数百年後のことでした。 レオナルド・ダ・ビンチはトラスを考案し、パラディオがさらに改良しています。 ヴェネチアのリアトル橋(写真3-12)はアントニア・ダ・ポンテによって架けられましたが、 ミケランジェロも関与したとの説もあります。 また、ガリレオ・ガリレイをはじめ、エドム・マリオット、ロバート・フックらは構造物 の材料強度に関する理論を構築し、新しいアイデアが生まれ、これらは後に力学的に合理 性のある橋が造られていく基礎となりました。 パリが中世からルネッサンンス風の街に生まれ変わる過程で、ノートルダム橋、ポン・ヌ フ(新しい橋の意)、マリー橋、ロワイエル橋などがセーヌ河(写真3-13)に架けられました。 セーヌ河に架かる橋については第8章で紹介します。


写真3-12

写真3-13

リアトル橋

セーヌの橋

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3.5 近世の橋

 17~18世紀にかけては理性の時代といわれますが、橋の設計も経験主義から合理主義や科 学的な解析に変っていきました。 1747年には世界最初の技術学校である「橋梁道路学校」がパリに設立されました。 ニュートン、ベルヌーイ、オイラーをはじめ多くの科学者・技術者によって構造の材料科 学が一大発展を遂げました。 この時期のデザイナーとしては「近代橋梁工学の父」といわれるペロネー(パリのコンコ ルド橋:欠円アーチ)、グルーベルマン(平行弦トラスを考案)が知られています。 同じ時代にイギリスでは ウェストミンスター橋 (写真3-14)がスイス人チャールス・ラベリーによって新しく架けられました。 建設資金は国営宝くじによって集められたそうです。 イギリス人の橋梁技術者としては、 ウォータールー橋 (写真3-15, 半楕円アーチ) を設計したジョン・レニーが有名です。 アーチはメソポタミアからこの時代の偏平アーチまで5000~6000年の歴史をつくってきま したが、 石造アーチはほぼ極限に達し、石の代りに鉄を用いたトラス が発達していきました。


写真3-14

写真3-15

ウェストミンスター橋

ウォータールー橋

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3.6 鉄の出現

 18世紀には産業革命による製鉄技術の進歩を背景として鉄の橋が架けられるようになり ました。 1779年にイギリス人アブラハム・ダービーとジョン・ウィルキンソンは彼らの生れ故郷で あるコールブルックデールの町にスパン30mの鉄製アーチ橋(写真3-16)を建設しました。 また、トーマス・テルフォードはメナイ海峡に錬鉄製のチェインを有するメナイ吊橋(写 真3-17, 鎖式吊橋, 支間176m, 1826年)を建設しました。 これらの歴史的な橋は補修をしつつ保存され、今日でもなお供用されています。 19世紀には、さらに材料科学や力学が大きく進歩しました。 リッター、モール、クレモナ、ウィリオ、クライペイロン、マクスウェル、カスチリアノ、 ミュラーベレスラウ、クールマンらの名前は構造力学のテキストの中にでてきます。 ジョージ、ロバート・スティーブンソン親子は蒸気機関車の発明であまりにも有名ですが、 その機関車を通すための鉄道橋も建設しているのです。 この時代で最も有名な鉄道橋は ロバート・スティーブンソン によってメナイ海峡に架けられたブリタニアの箱桁橋(写真3-15, 1850年)です。 英国ウェールズ(Wales)のコンウェイ(Conwy)には,吊橋と箱桁が平行して架けられており,ナショナル・トラスト に指定されています(写真3-19,20,21参照).


写真3-16

写真3-17

写真3-18

アイアンブリッジ

メナイ吊橋

ブリタニア箱桁橋

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写真3-19

写真3-20

写真3-21

アイアンブリッジ

メナイ吊橋

ブリタニア箱桁橋


 鉄が使用されるようになるとすぐにトラスの引張材に応用され、やがてトラスの全部材に 使用されるようになりました。このように鉄のトラスが普及していくと トラスの形式 に関するたくさんの特許が申請されました。 ハウトラス(米)、プラットトラス(米)、ワーレントラス(英)、ゲルバートラス(独)はすべ てその設計者の名前がつけられています。

 鉄道橋にトラスが使用されるようになってしばらくすると橋の事故が相次いで発生しまし た。 イギリスのテイ橋の落橋事故はあまりにも有名です。 鉄には鋳鉄、錬鉄、鋼鉄まで幅広くあるのですが、これらの事故は鋳鉄の引張力による脆 さが原因していました。 そのため錬鉄が製造されるようになり、現在は鋼鉄が用いられるようになりました。



3.7 初期の鋼橋

 19世紀に栄えた鉄トラスはやがてより優美な形の橋、近代アーチ、ゲルバートラス、吊橋 へと変遷していきます。 アメリカのセントルイスのミシシッピ河にイーズ大佐によって架けられたイーズ橋(写真 3-22, アーチ橋, 1874年)には低合金高張力鋼が使用され、アーチ部材には鋼管が用いら れました。 このイーズ橋の完成に刺激されて20世紀にはたくさんの鋼アーチが建設されました。 1932年にはシドニー・ハーバー橋(写真3-23, スパン長:512m)が完成しました。 オペラ座とハーバー橋の写真はよく絵はがきなどにもよくみられます。


写真3-22

写真3-23

イーズ橋

シドニーハーバー橋

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 プロシア生れのアメリカ人ジョン・オーガスタス・レーブリングは、画期的な平行線ワイ ヤを用いた空中紡線法によるケーブルの張り方や橋桁の補剛方法を完成させ、ナイヤガラ 河に鉄道吊橋(写真3-24,スパン250m)を架けています。 また、当時全く記録破り的なスパン長(486m)を有するブルックリン吊橋(写真3-25, ニュー ヨー ク、イースト河)を設計しています。 しかし残念なことに橋の測量の事故のため死亡しました。 後を継いだ息子ワシントン・レーブリングもケーソンでの工事中に潜函病にかかりました が、最後は息子の妻エミリーが独学で橋の技術を習得し、1883年、当時世界最大スパン長 の大構造物を難工事の末に完成させました。

写真3-24

写真3-25

ナイアガラ吊橋

ブルックリン橋

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 1867年にドイツ人ハインリッヒ・ゲルバーは彼のアイデアにより中央径間に2つのヒンジ をもつ3径間連続桁をハスフルト市のマイン河に架けました。 この形式の連続桁橋をゲルバー桁といい、長スパンに適していたため欧米で急速に普及し ていきました。 ゲルバー橋で最も有名なのはエディンバラ郊外のフォース入江に架かる巨大な恐竜といわ れるフォース鉄道橋(写真3-26, 全長521m、中央スパン107m、高さ105m)です。 鉄橋の風による落橋事故がかなり発生したため耐風設計に配慮し非常に大量の鋼材が使わ れています。 フォース橋のスパン長の記録はカナダのローレンス河に架かるケベック橋(写真3-27,28,1917年, 548m)によって 破られました。 この橋は完成するまでに2度の大きな事故を経験しました。 最初(1907年)は圧縮材の座屈により82人の生命が失われました。 2度目(1916年)は架設中に吊り桁がスリップして12人の生命とともに河底に消えていき ました。この事故以後、鋼圧縮材の座屈に関する研究が大きく進歩しました。 ケベック橋の写真は,東日本旅客鉄道(株)の小林薫氏からご提供戴きました.

写真3-26

写真3-27

写真3-28

フォース橋

ケベック橋

ケベック橋

3.8 20世紀前半の橋

 20世紀は長大吊橋の時代です。 吊橋のたわみ理論 を駆使して、ウィリアムズバーク橋(写真3-29,30、1903年、488m)、ジョージ・ワシントン橋 (写真3-31, 1931年, 1065m)、ゴールデンゲート橋(写真3-32、1937年, 1280m)のようにア メリカで多くの長大吊橋が架けられました。 ウィリアムズバーク橋は老朽化し,補修・補強工事が行われました. Prof.Schlaich はそのコンペで1等賞を得ています(写真3-30参照).

写真3-29

写真3-30

写真3-31

写真3-32

ウィリアムズバーグ橋

Prof.Schalichの架替案

ジョージワシントン橋

ゴールデンゲート橋

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 しかし、1940年に架けられたタコマ橋(853m)は、わずか風速19m/秒の強風によりねじり振 動を始め、その振幅が増大しケーブルが破断し、橋桁は落橋してしまいました。 風速250 kg/m2の静的風荷重を考慮して設計されていたにもかかかわらず、わずか 25 kg/m2の風によって破壊してしまったのです。 橋桁の曲げ剛性やねじり剛性の不足とそれによる自励振動が原因だったのです。

 この事故以後、吊橋の耐風安定性に関する空気力学的(フラッター解析など)な研究が 大きく進歩し、また風洞という、風を人工的に吹送する装置で模型実験(風洞実験)を行い、 橋の耐風安定性を十分確認して設計されるようになりました。 このタコマ橋の落橋に関して 「だれがタコマを墜としたか」 に興味深く記述されています。

3.9 鉄筋コンクリートアーチ橋

 20世紀初期から鉄筋コンクリート(RC)は橋の材料として使われるようになりました。 初めのうちはRCは石の代りに石造アーチの形で使用されていました。 しかし、だんだんと鉄筋コンクリートの特性が認められるにしたがって、RCアーチは数 多く架けられるようになりました。 RCアーチに傑出した技術者はスイスのロベール・マイヤールとフランスのユージン・フ レシネです。 マイヤールは独創的で大胆なアーチを設計しています。 マイヤールは高度の技術に加えて類稀な造形的感覚によて逆ランガー橋や3ヒンジアーチ などの 新しい形式 の橋を提案しました。スイス山岳地帯にあるザルギナトーベル橋(写真3-33)は景観的に優 れたアーチ橋の一つです。 フレシネは独自の工法で大スパンのアーチを架けています。 フレシネはアーチの頂部をジャッキで押し拡げることによって、アーチにプレストレスを 導入しました。 コンクリートは硬化にともない乾燥収縮するので、プレストレスにの効果により応力状態 が改善されます。 プレストレス工法の一つのフレシネ工法は、彼の名前に由来しています。

写真 3-33

写真 3-34

ザルギナトーベル橋

BVZ(Zermatt)からの車窓

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3.10 現代の橋

(1)吊橋

 現代でも、より一層の橋の技術の研究・開発が進められ、世界各地でさまざまな形式の橋 が架けられています。 とくに、経済性と景観・美観に優れた橋が開発されています。 吊橋の耐風安定性に対する研究が進み、ダブルデッキをもつベラザノ・ナローズ橋(写真 3-35,中央支間1298m, 1964年, (米国))のようなトラス補剛桁から流線形箱型断面の補剛 桁を有する吊橋が建設されるようになりました。 その先駆となったのがイギリスの セバーン橋(写真3-36) です。 それ以来、多くの流線形の箱型断面形式の吊橋が建設されています。 将来の海峡横断計画における超長大橋では、維持・管理や経済性、耐風性などが有利とな る箱型断面形式の吊橋が計画されています。 これまで、世界一のスパン長は流線形箱型断面のハンバー橋 (写真3-37, 中央支間1410m, 1981年(英国))でしたが、1998年4月に開通した明石海峡大橋 (写真3-38, 中央支間1991m)はハンバー橋を500mも凌ぐ世界一の吊橋です。


写真3-35

写真3-36

写真3-37

写真3-38

ベラザノナローズ橋

セバーン橋

ハンバー橋

明石海峡大橋

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絵はがき


(2)コンクリート橋

 鉄筋コンクリートの技術 の進歩にもめざましいものがあります。 セメントの品質向上により高強度のコンクリートが製造できるようになったことが大きな 要因ですが、高強度の鋼材と組み合わせることにより、引張りに弱いコンクリートの欠点 をさらに改善したプレストレストコンクリート(PC)の開発は、以後のコンクリート橋を RC橋からPC橋に一変しました。 RCアーチがアーチ形状にすることにより引張応力が生じなくするのに対して、PCはあ らかじめ圧縮力を導入しておく技術です。

 PC橋にはプレテンション桁とポストテンション桁 があります。 前者は鋼材を緊張したままコンクリートを打設し、コンクリート硬化後緊張力を開放する ことでコンクリートにプレストレス(PS)を導入する工法です。 一方、後者はあらかじめPC鋼材を通す穴を有するプレキャスト桁を製作後、PC材を緊 張してコンクリートにPSを導入する工法です。 いずれも工場で製作されるため、品質管理の向上、省力化、工期の短縮化が図れます。 現在、建設されているコンクリート桁橋のほとんどがPC橋です。

 また、最近では、鋼材の代わりにアラミド繊維や炭素繊維などの新素材を用いた繊維補強 プラスチック(FRP)の開発がさかんに行われています。 FRPは、軽量、高強度、高耐久性のため、塩害などのコンクリートの早期劣化防止策へ の適用が有望視されていますが、定着方法および高価なことが問題です。



(3)斜張橋

 ドイツでは第二次大戦後の復興工事の中でライン河に斜張橋が建設されました。 最初に建設されたのはデュッセルドルフのライン河に架かるテオドア・ホイス橋(写真 3-39)です。 それ以来、多くの斜張橋が建設されるようになりました。 架設費用などまで考慮するとPC桁より経済的だといわれています。 どのようにして斜張橋が考え出されたかが 「im blickpunkt Rheinbruecken」 に掲載されています。 詳細は、第7章で紹介しています。
経済性、美観に優れているため、世界各地でも建設されるようになりました。 アーチ橋と吊橋の間のスパン長のとき斜張橋が最適な形式となりますが、1000m級の長大 斜張橋も計画されています。

 他形式の橋においては長大化は鋼橋の独壇場でしたが、斜張橋では鋼とコンクリートとの 長大化が同じくらいのテンポで進んでいます。 例えば、鋼斜張橋で最大支間長をもつのは鶴見つばさ橋(写真3-40、510m, 1994年)、コン クリート斜張橋ではスカルンスンデット橋(530m, 1991年, ノルウェー)というように、 鋼とコンクリー トで長大化はそれぞれが追い越しそのスパン長を延ばしています。 また、鋼とコンクリートを合成した複合斜張橋の研究・開発も進められています。 現在、世界一の中央スパン長をもつ斜張橋は、3径間連続複合斜張橋であるノルマンディー橋 (写真3-41, 中央支間856m, (仏))ですが、本州四国連絡橋の西瀬戸自動車道(尾道-今治ルート) に現在建設中の多々羅大橋は完成すると世界一のスパン長(写真3-42, 1999年完成、中央支間890m) をもつ斜張橋となります。



写真 3-39

写真 3-40

写真 3-41

写真 3-42

テオドア・ホイス橋

鶴見つばさ橋

ノルマンディ橋

多々羅大橋

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本四公団パンフレット


(4)その他の形式の橋

 最後にスイスに架けられているおもしろい形式の橋を紹介しておきます。 クリスチャン・メン教授は面で構成されたPC斜吊材をもつ ガンター橋 (写真3-43)をスイス南部のローザンヌからシンプロンへ向かう高速道路に架けています。 斜張橋をコンクリートで固めたような形式の橋でPC橋の一種です。 この橋は雄大なアルプスを背景にスケールの大きいガンター渓谷を跨ぐスイス最長のPC 橋です。 1989年渡独前にProf.C.MennにETHの研究所訪問の手紙を書きましたところ,快諾のご返事を戴きました.

 写真3-44は リッデス・シャモソン橋 です。 中央ヒンジを有するコンクリート下路変断面桁橋で、桁上端にPC鋼材が通るリブがあり、 それが吊橋のようなイメージを与えています。

 写真3-45は羽田空港の橋です. 東京工業大学の三木千壽先生が設計された橋です. 九工大山口栄輝先生推奨の橋です.



写真3-43

写真3-44

写真3-45

ガンター橋

リッデスシャモソン橋

羽田空港の橋

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3.11 橋の長大化の歴史と適用スパン長

 これまでさまざまな形式の橋について紹介してきましたが、橋の形式と適用材料の関係を 図3-1に示します。 橋の規模は材料の強さ、重さからみて鉄が断然優位であることが明かです。 また、図3-2には長大橋のスパン長の変遷、表3-1には西暦2000年における長大橋のスパン 長の比較を掲載しておきます。


図3-1

図3-3

表3-1

橋の形式と支間長

長大橋の支間長の変遷

2000年の長大橋

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橋の文化とテクノロジー

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